アショカ・ジャパンについて
Ashokaの活動は、インドを皮切りに南アジア、南米へと広がり、2000年以降は中東、北アフリカ、北米、ヨーロッパへ展開。
そして2011年、東アジアで初めての拠点としてアショカ・ジャパンが設立されました。
1980年から2025年夏までに、96か国から約4,000人がアショカ・フェローに認定されています。
日本からは、これまでに8人のアショカ・フェローが輩出されています。
2000年代に入ると
「個々のフェロー支援だけでは急速に変化する世界規模の課題に応えきれない。」という議論がASHOKAのリーダーの間で繰り返され
「チェンジメーキング能力は、すべての人に必要な新しいリテラシーである」との認識に至りました。
その結果、「Everyone a Changemaker(すべての人がチェンジメーカー)」というビジョンを掲げ
若者や企業人を含むあらゆる層にチェンジメーキング能力を育む取り組みの展開を始めました。
アショカ・ジャパンは、フェロー選出の他に、設立当初から20歳以下の若者のチェンジメーキング能力の開発に焦点を当ててきました。
しかしこの15年で状況は大きく変わり、企業、行政、諸団体が主催する若者向けの社会変革アワードやコンテストが次々と生まれています。
こうした社会環境の変化を踏まえ、アショカ・ジャパンは2026年から新たなチャプターに進みます。
利益追求のみを目的とする企業が優秀な人材を確保できなくなりつつある現実に対応し
次世代の企業モデルとして「Changemaker Company(チェンジメーカー・カンパニー)」を推進していく計画が始まっています。
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アショカ・ジャパンの主な取り組み
フェロー候補サーチと認定までのプロセス・その後の支援
目に見える課題の緩和ではなく、課題の原因と構造にアプローチし
新たなソーシャルイノベーションで根本的解決を目指す個人を
「アショカ・フェロー」として選出し、物心両面でサポートします。
若者チェンジメーカーの認定と支援
社会の疑問や違和感に対し、アイデアと行動で変化を起こす12〜20歳を
「ユースベンチャラー」として認定するプログラムです。
アショカ独自の基準に基づき、リソースやネットワークを活用できる環境を提供し
失敗を恐れず自由に挑戦できる1年間の「実験の場」を提供してます。
Our Team
渡邊 奈々 Nana Watanabe
Ashoka Japan 創設者/ディレクター
渡邊 奈々 Nana Watanabe
Ashoka Japan 創設者/ディレクター
1980年、米ニューヨークにて写真家として独立。以降25年にわたり、エディトリアルおよび広告写真の分野で活動し、ニューヨークを拠点に、パリ、東京をはじめとする国際的な舞台で制作を行う。1987年にはAmerican Photography誌の年度賞を受賞。個人作品は、ニューヨーク、パリ、東京のほか、ドイツ、中国においても、個展およびグループ展として発表されている。
1998年、日本への里帰りの折、1980年代のバブル経済崩壊後に顕在化した社会的影響――自殺者数の急増や、引きこもりの子どもの増加――を目の当たりにし、深い問題意識を抱くようになる。同年は、日本における自殺者数が初めて3万人を超え、「引きこもり」が社会現象として広く認識されるようになった年でもあった。第二次世界大戦後の日本では、復興と成長を最優先とする中で、日本人が本来大切にしてきた精神的価値が後景化し、経済的成功のみを成功とみなす価値観が深く浸透した。その象徴として、企業社員が「戦士」と称されることにも違和感のない社会が形成された。1998年、渡邊が目の当たりにした社会の綻びは、経済的繁栄の裏側で、長く見過ごされてきた歪みが、かたちとなって現れたものだった。
こうした時代背景のもと、その世代を親に持つ日本の若者たちにとって、社会的意義と自己の仕事を結びつける新しい働き方・生き方こそが切実に求められているのではないかと直感した渡邊は、当時アメリカで注目を集めていた、利益の追求にとどまらず社会の向上を目的とする「Social Entrepreneurship(社会起業)」という新しい働き方・生き方を体現する人々をロールモデルとして、日本の若者に向けて紹介する活動を始めた。2000年から約5年間にわたり、社会をより良くするために行動する135人を世界各国で見つけ、『PEN』誌および『Figaro Japan』誌にて、写真と文章で継続的に紹介した。
これらの取材をもとに、18人のチェンジメーカーを収録した『チェンジメーカー:社会起業家が世の中を変える』を2005年に日経BPより刊行。続いて2007年には、『チェンジメーカー2:社会起業家という仕事』を同社より上梓する。これらの書籍は全国の図書館に所蔵され、2005年に慶應義塾大学において金子郁容教授により日本で初めて開講された「ソーシャル・イノベーション」クラスターの授業において、教科書として採用された。
「社会を自力で変革している個人」を探し続ける過程でAshokaと出会い、2009年、米ワシントンD.C.のAshoka本部の門を叩き、2011年、東アジア初の拠点としてAshoka Japanの設立を主導した。以来、同組織のディレクターとして、日本国内におけるAshoka基準の社会起業家(Ashoka Fellow)および若者チェンジメーカーの発掘とコミュニティ形成、ならびに国内外ネットワークとの連携を担っている。
東京生まれ。慶應義塾大学文学部英文学科卒業。
野中優那 Yuna Nonaka
Student Intern 学生インターン
野中優那 Yuna Nonaka
Student Intern 学生インターン
小学校6年生から中学3年生までの約4年間を、ベトナムおよびミャンマーで過ごす。新型コロナウイルス感染拡大下では、ミャンマーで厳しい隔離生活を経験し、1年間にわたり完全オンラインで学業を継続した。2021年2月、ミャンマーで軍事クーデターを経験し、たった一日で日常と自由が失われる現実を目の当たりにし、「平和は決して当たり前のものではない」という強い問題意識を抱くようになる。
帰国後、15歳でミャンマー支援活動「ヤンゴンかるたプロジェクト」を立ち上げる。クラウドファンディングでは300人以上から300万円の支援を集め、日本の伝統的な遊びに、ミャンマーの文化や人々の暮らしを伝える写真と言葉を組み合わせた「ヤンゴンかるた」を制作。教科書では捉えきれないミャンマーの“日常”と“生きる人の姿”を伝えている。
これまでに、小学校から大学、市民大学、国際交流施設、日本語教室など、全国各地の教育・地域現場で探究授業や異文化理解講座、キャリア教育を実施。ICTを活用したクイズやワークショップ、民族衣装・楽器体験などを組み合わせ、「知る」だけでなく「感じ、考え、行動につなげる」学びを重視している。ミャンマーだけでなく、紛争や貧困といった「遠い国の出来事」、そして身近に潜む課題を、子どもたちが「自分ごと」とするきっかけをつくることを目指している。
また、発達障害のある兄の存在から、学びにおける当事者性と包摂の重要性を強く意識しており、公教育の中で誰もが参加できる形で伝えることを重視している。さらに、特別支援教室やこども食堂など、学びや体験の機会に格差が生じやすい場とも連携し、機会格差の是正に向けた実践を行っている。
活動は、日本に暮らすミャンマー人やロヒンギャ民族、難民の人々との協働にも広がり、多様な背景を持つ人々が対話する場づくりへと発展している。2025年には、シリアの教育支援団体 NPO法人 Piece of Syria のシリアかるた製作にも携わる。
千葉県生まれ。国際基督教大学3年在学中。
2022年に Ashoka Youth Venturer に認定。
牛木 力 Chikara Ushiki
Associate アソシエイト
牛木 力 Chikara Ushiki
Associate アソシエイト
2009年米カリフォルニアへ渡り、カリフォルニア大学バークレー校に入学。在学中より、同大学内シンクタンク Center for Cities and Schools (所長は、最初期のAshokaフェローのインターン経験を持つ)にて、都市計画と教育の接続をテーマとした実践に携わる。特に、リサーチアソシエイトとして、ソフトバンク株式会社、東日本復興支援財団、米日カウンシル等と協働し、東北3県(宮城・岩手・福島)の高校生を対象としたリーダーシップ育成事業「TOMODACHI SoftBank Leadership Program」(2013–2016)のカリキュラム設計およびプログラム運営に参画した。Ashoka Japanとはこの時期に出会う。
帰国後は、当時のAshoka Japanスタッフとの縁を通して、島根県立津和野高等学校にて高校魅力化コーディネーターとして勤務(2016–2019)。エンパシーなどAshokaが大事にする考え方を念頭に置きながら、教員・地域と協働し、地域を基盤とした探究学習の体系化に取り組み、高校3年間および卒業後までを見据えたカリキュラム(現T-PLAN)を設計。また、地域プロジェクトを主軸とする部活動「グローカル・ラボ」の基本設計・運営支援を行った。
2020年より4年間、東北芸術工科大学デザイン工学部コミュニティデザイン学科専任講師として勤務。教育活動に加えて、地方自治体の社会教育分野や県レベルの教育政策検討の場において委員を務めるとともに、複数の高等学校における学校運営協議会や地域連携組織に参画。小規模校のあり方、探究学習の設計、地域と学校をつなぐ仕組みづくりについて、実践と助言の両面から関わってきた。
2016頃より、Ashokaではファシリテーターおよび通訳などとして、フェロー来日時のワークショップ運営やフェロー認定プロセスにも関わってきたが、2024年よりスタッフとして加わる。
新潟市生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒業(Bachelor of Arts, Urban Studies)。